民話分析の古典 |
ヴラジミール・プロップ『民話の形態学』大木伸一訳、白馬書房、一九七二年 |
ロシアの民話を分析しながら、個々の登場人物がはたしている機能を考察すると、一つのパターンが抽象できることを明らかにした古典的な著作。レヴィ=ストロースの構造主義的な神話分析にたいして、プロップの方法はフォルマリズム的なものと考えることができるだろう。ロシアの民話だけでなく、日本の民話にもこうした民話の祖形はあるだろう。もっともすべてが「一つの根源から発生した」(170)とは到底いえないだろうが。 プロップは分析にあたって、次の前提から出発した。これはフォークロアに該当するものであり、創作民話にはあてはまらない。 (一)民話における不変数としての不動の要素は、だれがどのように行為したかではなく、その機能である。王が勇気あるものに鷹を与えるのと、魔法使いがイワンに小船を与えることは、同じ機能をはたしているのであり、だれがだれに何を与えたかは、作者のヴァリエーションの才能と舞台の設定によるものにすぎない。 (二)知られている魔法民話の機能の数は限定されている。 (三)機能の形象性はつねに同一である(40-41) こうしてプロップは(二)でいわれる限られた数の機能として、次の三一を取り出した。01 家族の一人が家を留守にする(不在) 02 主人公にあることを禁じる(禁止) 03 禁が破られる(侵犯) 04 敵が探りをいれる(探りだし) 05 敵が犠牲者について知る(漏洩) 06 敵は犠牲者またはその持ち物を入手するために、相手をだまそうとする(悪計) 07 犠牲者はだまされて、相手に力を貸してしまう(幇助) 08 敵が家族のひとりに、害や損失をもたらす(敵対行為) 09 不幸または不足が知られ、主人公は頼まれるか、命じられて、派遣される(仲介・連結の契機) 10 探索者が反作用に合意もしくはこれに踏み切る(始まった反作用) 11 主人公は家を後にする(出発) 12 主人公は試練をうけ、魔法の手段または助手を授けられる(寄与者の第一の機能) 13 主人公は将来の寄与者の行為に反応(主人公の反応) 14 魔法の手段を主人公は手に入れる(調達) 15 主人公が探しているもののある場所に、運ばれ、つれて行かれる(二つの王国間の広がりのある転置、道案内) 16 主人公とその敵が直接に戦いに入る(戦い) 17 主人公が狙われる(照準) 18 敵が勝つ(敵の勝利) 19 初めの不幸または欠落がとりのぞかれる(不幸または欠落の除去) 20 主人公は帰還する(帰還) 21 主人公は迫害や追跡をうける(迫害、追跡) 22 主人公は追跡者から救われる(救い) 23 主人公は、気付かれずに家または他国に到着する(気付かれない到着) 24 偽の主人公が、根拠のないみせかけをする(根拠のないみせかけ) 25 主人公に難題を課す(難題) 26 難題が解かれる(解決) 27 主人公が気付かれる(判別) 28 偽の主人公や敵、加害者が暴露される(暴露) 29 主人公に新たな姿が与えられる(姿の変更) 30 敵が罰される(罰) 31 主人公は結婚し、即位する(結婚) プロップは創作童話には該当しないというが、ファンタジーの多くも同じような構成に依拠していることが多い。指輪物語も、同じように解釈して、新たな要素を分析することができるはずだ。またバフチンが指摘していたように、ギュルガメシュ以来の神話や、キリスト教の受難や殉教の物語を、同じ構造で読み解くことは、多くの示唆をもたらすだろう。 プロップはまた登場人物や手段のヴァリエーションは、民族ごとに違うと考える。王国の移動の形式は、「使者の魂を運ぶものであり、ちなみに牧畜民では馬が多く、狩猟民では鳥、開眼の民で船が多い。このようにして、民話の構成の基礎のひとつである遍歴は、あの世への魂の遍歴の考えを反映しているのではないか」(172)と語っているが、まさにそのとおりだろう。宮崎アニメの『トトロ』や『千と千尋』が同じ構造になっているのは明らかだろう。ギリシア悲劇をふくめて、いろいろと考えると楽しい。 2003年10月27日 (c)中山 元 |