ルネサンス哲学のお勧めの概説書

チャールズ・シュミット/ブライアン・コーペンヘイヴァー『ルネサンス哲学』
榎本武文訳、平凡社、二〇〇三年九月



ルネサンス哲学の概説書としては定番となるべき重要な著作がやっと訳された。ケンブリッジの哲学シリーズの『ルネサンス』は訳されないだろうから、概説書としてはこの本が一番お勧めの一冊の地位を長らく保持することになるだろう。原著一九九二年刊行で、クラステラーの『イタリア・ルネサンスの八人の哲学者』(一九六四年)以来のギャップを埋めてくれるのもうれしい。



構成は第一章でルネサンス哲学の歴史的な背景をたどり、ペトラルカやモンターニュなどに触れる。第二章はアリストテレス主義、第三章はプラトン主義、第四章はストア、懐疑主義、エピクロス主義などを考察、第五章で自然哲学を考察するという古典的なアプローチ。とくに第四章はクリステラーの前掲書などでは足りないところを補ってくれて有益だ。
多くのことを教えられたが、メモとしていくつかを書き留めておく。ディオゲネス・ラエルティオスの『哲学者列伝』の発見のもたらした影響(16)は、いまにして思えば意外だ。ぼくたちが当然と思っていることが、ルネサンスの時期には当然でも何でもないことが多いことを改めて実感する。

ペトラルカはアベロエスを「狂犬」と呼んでいるそうだが(26)、イスラームに対する西洋の敵意は長い伝統がある。ユマニストは家庭教師が多かった(28)。富裕な家庭に入って整形を立てるというのは、カントにいたるまでの西洋の知識人の生き方のひとつだった。モンテーニュがアカデミズムと無縁でありながら、影響のある哲学者を書けたのは、印刷の力が大きいというのも、なるほどと思わせる(50)。

ブルーニが家政学の分野でキャリアを積んだというのも、この時代の生き方のひとつとして、興味深い。『家族の事柄について』の翻訳は、巨大な成功をおさめて、一六世紀まで標準版となったという(79)。ビトリアがペルーでのインディオの虐殺を強い批判していたことは、ルネサンスの知識人の見識を示すものだろう(115)。

フィチーノが庇護者のメディチ家にふさわしい愛の哲学を構築したことは(145)、この時代の知識人の生き方のひとつの結末を思わせる。フィチーノの存在論が「存在の多いなる連鎖」につながるものをもっていたことも興味深い(153)。この時代の印刷術のためにフィチーノが「生前に著作を広範囲かつ迅速に伝播できたヨーロッパで最初の主要な哲学者となった」(163)ことは、印刷術の意味を新たに考えさせる。

「ピコはカバラ主義的解釈学を真摯に考え、カバラを自らの混淆主義的哲学の重要な一構成要素とした。彼は聖書以後の時代のユダヤ教思想に真の価値を認めた、教父時代以降ではごく少数のキリスト教徒の思想家の一人だった」(172)ことにも注目。パトリッツィの光の哲学(193)も、西洋の光の形而上学がルネサンスにおいて再び展開の場を確保したことを思わせる。

文法と修辞学が、あらゆる点で形而上学と形式論理学に代わるべきだと考えたニツォーリオ(211)の思考にも注目。ライプニッツも注目していた。ルネサンスにおいてラムス主義が優位を占めた理由についても、まだ考える必要があるだろう(242)。リプシウスが「新ストア主義」で解決しようとしたキリスト教とストアの矛盾点について再考すること(268)。

ブルーノのジレンマと記憶術についての指摘も興味深い(305)。「ブルーノの欠陥の一つは、無関心から敵意に到り、時折ディレッタントとしての神秘学を考案する中休みを含む、数学への態度にあった」(325)という指摘も、ブルーノの自然学を考えるうえでは示唆的だ。でもこの翻訳、ペダンティックじゃないですか(笑)。

せっかく訳してもらって文句をつけて申し訳ないのだが、二度、三度と読まないと意味が了解できない文が散見する。翻訳にはある種の断念が必要なのだが……。それはともかく、ルネサンスの哲学を考えるための貴重な手引書であるのはたしかだ。


データ
ルネサンス哲学 

チャールズ・B.シュミット ブライアン・P.コーペンヘイヴァー=著
榎本武文=訳

定価:本体 7000円  A5判  496頁  2003.09
ISBN4-582-70245-7 C0010 NDC分類番号 132


Synopsis
The Renaissance has long been recognized as a brilliant moment in the development of Western civilization. However, little attention has been devoted to the distinct contributions of philosophy to Renaissance culture. This volume introduces the reader to the philosophy written, read, taught, and debated during the period traditionally credited with the `revival of learning'. The authors examine the relation of Renaissance philosophy to humanism and the universities, the impact of rediscovered ancient sources, the recovery of Plato and the Neoplatonists, and the evolving ascendancy of Aristotle. Renaissance Philosophy also explores the original contributions of major figures including Bruni, Valla, Ficino, Pico della Mirandola, Pomponazzi, Machiavelli, More, Vitoria, Montaigne, Bruno, and Campanella. Renaissance Philosophy demonstrates the uses of ancient and medieval philosophy by Renaissance thinkers, and throws light on the early modern origins of modern philosophy. This book is intended for students of History of Philosophy (including History of Medieval, Renaissance, and Early Modern Philosophy), Renaissance Studies, Classics, Religious Studies, Western Civilization at Undergraduate an Postgraduate level. General readers interested in the History of Philosophy.



2003年11月10日
(c)中山 元

ビブラリアに戻る