ヨーロッパの新しい全体像

【書評】エマニュエル・トッド『新ヨーロッパ大全、一』

石崎晴己訳、藤原書店、一九九二年








ポール・ニザンの孫でもあるという著者が、家族人類学的な視点から、ヨーロッパの新しい歴史と全体像を描き出すという野心作だ。そのために著者は、国別ではなく、地方自治体ごとに新しいヨーロッパの地図を作り出して、それぞれの地方を研究したモノグラフィーを利用しながら、国境とは違う境界線を描き出していく。

一冊目である本書の第一部は、人類学的な基底として、家族制度と農地制度をあげて、それが社会をどのように規定するかを説明するこの二つは、家族制度が農地の分割を決定するのであるから、基本的に家族制度が根幹であると言ってよいだろう。

第二部「宗教と近代性」では、この家族制度のもとで、キリスト教がどのように受容され、宗教改革が発生し、反宗教改革が進められていったを考察する。ウェーバー批判やマルクス批判にも首肯させられるところがある。どちらも一面的なところがあるからだ。


また、プロテスタントでは教会の式典の出席率のデータが意味をもたないことを指摘して「理想的プロテスタントとは、その最も厳しい解釈によれば、夜、我が家でひとり聖書を読む人間である」(225)のように、鋭い指摘がうまれるのも方法論的なうまさによるだろう。昼間は働いて、夜ひとりで読むわけだ。カトリック地方では、聖書を読むと、すぐに異端扱いされるのだそうな。ルターの人間の自由と隷属の理論を家族制度と宗教の結びつきから解くところもうまい。

識字率の高さと宗教改革の関係、印刷術の普及と宗教性、受胎率や工業化と、家族制度の関係など、教えられるところが多い。ただ家族制度とイデオロギーの強い結び付きを易々すぎると、一つの社会のうちで、同じ地方自治体でも、イデオロギー的な対立があることがうまく言えなくなるところかある。家族制度による決定論ではないかという疑いが生まれるのだ。

それでも第三部「宗教の死、イデオロギーの誕生」の最初の章「自由と平等」で、フランスとスペイン、イタリアにおける無政府主義の興隆やマフィアのもつ力など、著者の視点がもつ説明力は強い。第二冊目も読んでみたい。

2003年9月20日
(c)中山 元

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